大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)207号 決定 1960年3月31日

抗告人 森井きよの(仮名)

相手方 森井新太郎〔仮名〕

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告理由は別紙のとおりである。

しかし、扶養に関する権利義務関係は常に扶養権利者と同義務者との間に協議又は審判によつて定められるべきであつて、一人の扶養権利者に対する義務者が数人あり、その各義務者の負担関係が具体的に定められた場合においても、その権利義務関係は各義務者と扶養権利者との間に確定されるのであつて義務者相互の間には扶養関係につき何等の権利義務は生じない。

従つて後日発生した事情の変更を理由として民法第八八〇条に基き先になされた扶養の順序、程度、方法についての協議又は審判の変更の審判は扶養の権利者と義務者間において申立てられるべきである。従つて、仮りに抗告人主張のように、申立外森井すゑこの扶養必要状態が増加しているとしても、森井すゑこから、又は同人を相手として審判を求めるべきである。(若し、原審審判末尾添付の調停条項第四項が、森井すゑこの承諾の下に、同人の前記法条に基く申立権を抗告人において代位行使し得ることを定めたものであるならば、かかる協議は同法第八八一条に反し無効である。)

以上の次第であるから扶養権利者から又はそれを相手方として申立たものでない本件申立はこの点において不適法として却下を免れず、原審審判は結局正当であるから本件抗告を棄却することとし主文のように決定する。

(裁判長裁判官 石井末一 裁判官 小西勝 井野口勤)

抗告理由

原審審判は抗告人の申立に対し、要するに被扶養者森井すゑこに被扶養適格がないとの理由で抗告人の申立を却下したものでありますが、此の点につき原審審判は事実の誤認があり従つて法律の適用の誤りがあると考えるものであります。

第一、原審審判は、従前抗告人と被抗告人間に成立した神戸家庭裁判所尼崎支部昭和三一年家(イ)第六一号事件の調停調書第四条及び第五条の所謂「特別の事情」を以て民法第八八〇条に謂う事情の変更を意味するものと解し被扶養者森井すゑこに於て新たな扶養を要すべき事情の変更が生じたものとは認定できないという理由で被抗告人の扶養責任を否定したものであります。

然し抗告人に於ては前記調停条項第四条及び第五条の所謂「特別の事情」を以て右調停についての特別の留保又は一種の黙約と観念さるべきものと考えるものであります。これについては右調停成立までの経緯について言及しなければなりません。右調停手続に於いて調停主任及び調停委員の度重なる努力によつて被抗告人の提出した条件は原審審判添付の調停調書に明らかな通り被抗告人が被扶養者に対して扶養料として右調書表示の通りの不動産を一括贈与し爾後の扶養は抗告人に於いてその責任をもつということでありました。しかし右不動産はすべて第三者に対する賃貸の目的となつていて、これより得る賃料収入は月額僅々金二千円余に過ぎないものでありましたので、抗告人は調停主任裁判官に対して、将来若し被扶養者が疾病により入院加療を要する事態に立至つた場合には抗告人は到底その費用まで負担することはできないが、この点どうなるということを質問したところ(当時被扶養者の状況には多分にその事態に陥る虞が予見されていたところでした)、調停主任裁判官は、被扶養者が病気となり入院する必要があるときには当然抗告人もその費用を負担しなければならないということを明言したのであります。その時同席した被抗告人もこの間の事情は充分承知しているところであります。

仍て抗告人は右調停主任の言を信じ、安心して被抗告人の条件に不満乍らも妥協し、調停成立を見たのであります。

今に於て原審審判の如く、被扶養者に入院加療を要する事態が発生しながら、被抗告人にその費用を負担する責任なしと認定されることは、抗告人にとつては前記調停主任の言と照して全く心外とも言うべきことで裁判所に態よく欺瞞されたという感情を拭い切れません。

前記「特別の事情」とは右調停の経過に鑑み単に民法第八八〇条に謂う「事情の変更」と同意義に解すべきではなく更に積極的に前記調停成立の経緯に照して個有の内容をもつたもの即ち暗黙の合意とも理解されるべきものであつて、従つて被扶養者の入院加療を要する事情は、右の所謂「特別の事情」に該当するものであつて、被抗告人の新たな被扶養義務の発生が肯定されなければならないと考えるものであります。

第二、次いで原審は被扶養者森井すゑこは前記調停に於いて被抗告人より一括贈与された不動産を所有しているから、右不動産を処分することによつて生活を維持し、又は入院治療費を支弁することができるから扶養を要する状況にはない、従つて「事情の変更」即ち「特別の事情」が生じたとは言えないという理由で被抗告人の扶養義務を否定しております。

しかし乍ら被扶養者の右不動産は、抗告人が原審に於て提出した上申書に於いても陳述している通り総額約五十万円程度のものであつて且つこれ等の不動産は前述の通り第三者の賃借の目的となつているものであります。

しかも此等の不動産が現在、その価値を減ぜずに被扶養者の手に残されたについては、抗告人の多大の出損行為の上に立つたものであります。

即ち前記調停が成立して後抗告人が被扶養者に対して負担した支出は月平均食費として約三千円、保険料並びに税金(固定資産税)立替分約千円衣服費及び雑費等として約千円計金五千円に達し、その他時に応じて被扶養者の要求に応じて支給した金員も相当額に上ります。従つて右調停が成立した昭和三十一年五月より被扶養者が入院した本年二月まで三十二ヵ月間に抗告人が被扶養者に給した金額は大略金十六万円に達するものであります。

これに対し被扶養者が被抗告人より贈与された不動産より得る賃料収入は月額約二千二百円余に過ぎず前記期間内のその合計額は約七万円ということになります。

更に抗告人は本年二月二十七日被扶養者が入院して以来三、四、五月の三ヵ月は被抗告人よりその入院費用の半額を負担して戴きましたが(被抗告人が右期間に限つてその費用を負担した真意が何処にあつたか抗告人にはよく理解できないところですが)、六月分以降の入院費用月額金一万二千円(平均額)及び入院に際して要した費用約一万五千円はすべて抗告人に於て負担しているものであり、此の費用の合計額は本年九月末現在で既に六万五千円に上ります。

前記調停は被抗告人に一応の不動産を扶養料として被扶養者に贈与させ、その余の扶養責任は抗告人にあると定めておりますが、抗告人の責任は被扶養者の扶養につき右贈与された不動産の処分等も含めて考慮すれば足るということになる筈で、むしろ被扶養者が相当不動産を所有することになつた以上抗告人の扶養責任もなくなるということにもなつたのでしようか、抗告人は被扶養者の為にできる限り右不動産の処分を避け自らの出捐で以てその責を果して来たものであります。原審提出の上申書にも記載の通り抗告人の家庭も、被抗告人のそれと比較して該して余裕のあるものではなく、更に抗告人自身病弱である上抗告人長男が長期に亘つて入院し現在なおその余後を養つている状態にあつて、抗告人にとつて前記負担は全く経済的に苦しいものでありましたが抗告人は被扶養者の将来を慮つてその負担に耐えて来たものであります。

抗告人が被扶養者の扶養につき右不動産の処分を考慮していたら、右不動産は抗告人の前記負担の合計額金二十二万円乃至は前記賃料収入の合計額とこれとの差額金十五万円の限度でその減少を来していたことはいうまでもありません。

以上の通り被扶養者が現在右不動産をその価値を減ずることなく今日まで所有しているのは抗告人の以上の如き出捐に支えられていたからであります。

抗告人が被扶養者の為を考え善意でしたことが現在になつて被抗告人の扶養義務を否認する結果となることは抗告人として到底納得できないところであります。

被扶養者の入院は現在なお継続しており、現在のところその退院の予測はできませんが抗告人としては退院が許される程度に被扶養者が恢復すれば、速かに退院させるつもりでおりますけれども、当分の間は入院を継続しなければならない事情にあります。

その間抗告人としてはこれ以上の入院費用の負担には耐えられないところであり、被扶養者の所有不動産は次第に減少を来して行くことは明らかであります。

第三、家事審判が法律を杓子定規に適用して事件の形式的解決を計るものではなく、事案の内容に即して具体的妥当な解決を計ることがその目的だとすれば原審の如く形式的に法律要件に該当しないからというだけの理由で抗告人の申立を却下したのは右目的をはづれたものと言うべきであり、茲に抗告人は御庁に対し右事件の内容を再吟味あつて公正な審判を下されるようお願いするものであります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例